学習、人が何かを学び身につけていくことに興味がある。特に、数学や物理の学習に興味がある。
高度な数学などを学ぶとき、最初はなかなかわからない。数式がまったく頭に入らなかったりする。が、粘り強く考えたり、数式をいじったり、書いたりしていると、だんだんとその数式の世界が実在感を持ってとらえられるようになってくる。これがおもしろい。これは脳の中で回線ができてくるのだろう。そして回線ができるというのはハードウェアの世界なので時間がかかる。だから難しい数学などを学ぶときわからないとすぐあきらめるのではなく、長い目で取り組んでいくのが良いのだろう。もともと数学に興味のある私だが、数学自体だけでなく”数学を学ぶ”ということに自体に関心が移ってきているような気もする。
そして私は数年前から囲碁に取り組んでいるが、これも”学習”の良い例だと思う。そして数学と似ている。囲碁の石の形を見ていても最初は全く意味のない配置のように見えたりするが、学習を続けるとすごく意味のある形に見えてきたりする。この体験は、数式が実在感を持って感じられる時と非常に似ている。これも脳に回線が出来た時なのだろう。そして囲碁を続けていると最初はよくわからない石の並びが、そのうちぱっと先まで読めて”見えた”と思うときがくる。これが気持ちいい。数学が”わかった”と思うときと似ている。
とうことで、現代数学は難しく、私は特に数学科の学生時代わからないことが多くて非常に苦労したが、”わからないことからいかにわかるにしていくか”というのも楽しんでいきたい。小島寛之先生が”数学は人生を総動員して理解するもの”という記事を書いていて非常に共感したがまさにそう思う。どうやったら理解できるのか、あらゆる作戦をとっていく。本を読むだけでなく、Youtube動画を見る、人に聞く、人に説明してみる、、、こういう作戦を考えること自体も楽しんでいきたいところである。そして子供の学習においても応用していきたい。
他にも、学ぶということで興味があるのが英語である。私は海外の人とのビジネス経験もあり、単独渡航して仕事もでき、日本人としてはそこそこはできる方だとは思うが、それにしても特にスピーキングやリスニングにおいて、何十年も勉強していてこの程度か、とあきれることもよくある。その原因はかなり明白で、学習法方法が良くなかったからである。従来の日本の英語学習はリーディングや文法などが中心で、スピーキングやリスニングの練習が非常に少ない。野球で行くと試合をせずにひたすら素振りをしているようなものである。これで英語が喋れるようになるわけがない。私はここ1年半ほどオンライン英会話をしているが、これですごく上達している気がする、非常に濃い時間である。言葉というのは自分でアウトプットして初めて自分のものになる、というのを強く感じる。中学生の息子の英語学習の様子を見ていても、学校での勉強はあまり大きく変わっていない印象である。ということで息子にもオンライン英会話をやってもらっている。昔はオンライン英会話というのがなかったので仕方ないが、何かを学ぶときは効率的な学び方を強く意識していきたいものである。