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池田理代子は成功した漫画家の地位を捨てて47歳で音楽家を目指し大学に入りなおしたことで有名だが、"私にとって一番怖い後悔は、あの時やろうと思えばできたのにどうしてやらなかったのかというものです。"というところに共感した。やって失敗したらしょうがないがそもそもやらなかったことは非常に引きずるものである。
もう一つ、平田オリザさんのところで印象に残ったホスピスの話。夫がガンにかかった妻の話。奥さんは看護婦さんに毎日薬の効用についてたずねる。これに対してベテランのお医者さんは、薬について一言も説明せず、「奥さん、辛いね」と声をかけた。それ以降奥さんが薬について尋ねることは無くなった。奥さんが聞きたかったのは、薬の効用ではなかった。
私は先日コロナにかかったのでこの部分非常に共感した。家族でコロナにかかり高熱の中病院に電話する。その際事務的なつっけんどんな対応をされて嫌な思いをしたことがある。その後電話した病院の方は非常によりそった感じの対応をしてくれてとても救われた気がした。患者は物理的な治療を求めているのはもちろんだが、弱り切った体の中こういう精神的なケアも求めているものである。
こうしたことは病気に限ったことではないと思う。例えば夫婦生活で妻がよく夫にぐちることは多いと思うが、その際は妻が求めているのはその問題に対する解決ではなく、共感、寄り添いだったりすることはよくあるだろう。こうしたことに改めて気が付いた。